【戸田家】「想定外を想定する」老舗旅館が挑む、命を守るための観光防災とSDGs

【戸田家】「想定外を想定する」老舗旅館が挑む、命を守るための観光防災とSDGs

三重県鳥羽市にある、鳥羽駅から徒歩数分の好立地に佇む老舗旅館「戸田家(とだや)」。

創業195年の歴史を持ち、伊勢志摩の美しい海を望む絶景、地元食材をふんだんに使った料理、そして多彩な湯処が揃う温泉施設として、今なお多くの旅行者を魅了し続けています。

今回は、華やかなおもてなしの裏側にある「お客様と従業員の命を守る」ための防災対策と、地域と共に歩むSDGsの取り組みについて、専務取締役の寺田貴晃さんと、取締役執行役員 業務支配人の宍倉秀明さんにお話を伺いました。

「戸田家」は、伊勢志摩国立公園の玄関口、鳥羽駅前に位置する老舗旅館。鳥羽駅から徒歩3分という好立地にありながら、館内に一歩足を踏み入れると、そこは日常の喧騒を忘れさせてくれる癒しの空間。広々としたロビーの先には、穏やかな鳥羽湾の絶景が広がります。

戸田家の自慢は、なんといってもその多彩な湯めぐり。男女あわせて13湯+足湯2湯があり、館内にいながらにして温泉情緒を満喫できます。特に、野趣あふれる岩造りの露天風呂や、プライベートな時間を楽しめる貸切風呂は格別。伊勢志摩の美しい自然を感じながら、心ゆくまで羽を伸ばせます。

天空露天風呂付和洋スイート 窓の外には、鳥羽湾の美しいパノラマが広がります。

そして、旅の醍醐味のひとつである食事も格別。伊勢海老や鮑、松阪牛といった三重が誇るブランド食材に加え、旬を大切にした新鮮な魚介を、3つの料理スタイルで味わえます。

そんな戸田家では、社員寮の整備やDX化など、働く環境の改善にも力を入れており、近年では10カ国以上の多国籍スタッフが活躍する、多様性あふれる職場でもあります。

「想定外」を前提に動く観光防災の最前線

専務取締役 寺田貴晃さん(右)取締役執行役員 業務支配人 宍倉秀明さん(左)

今回は、経営視点で防災やDXを推進する寺田専務と、現場の指揮を執り長年防災対策に向き合ってきた宍倉業務支配人のお二人に、観光地ならではの防災についてお話を伺いました。

まず、戸田家としての「防災」に対する基本方針を教えてください。

寺田専務:「基本的には”想定外”を前提に動くということです。マニュアル通りにはいかない事態が起きた時、スタッフのリソースを使ってどう動けるか。これが大きな方針です。
その中で、スタッフ自身の自分の身を守りながらもお客様の命を最優先に動き、安全を確保すること。これを徹底しています。」

宍倉さん:「スタッフには常に『まず自分の身を守りましょう』と伝えています。自分が無事でなければ、お客様を守ることはできません。落ち着いて身の安全を確保し、その上でお客様を誘導する。それが私たちの使命です。」

「下へ」から「上へ」へ。津波を想定した訓練

– 具体的にはどのような訓練を行っているのでしょうか?

宍倉さん:「東日本大震災(3.11)以降、大きく変わりました。それまでは火災を想定した『外へ、下へ』逃げる訓練が主でしたが、津波のリスクを考慮し、『上へ』逃げる垂直避難の訓練に切り替えました。

最初の訓練は正直ひどかった(笑)。長年の防火訓練の癖で、地震の放送が流れても下に逃げようとするスタッフが続出して、現場は大混乱でした。習慣の怖さを痛感しましたね。その後「鳥羽には最大27mの津波が来る可能性がある」という想定が発表され、避難場所を9階へと変更。

そこでまた「車椅子や足の不自由な方を、どうやって9階までお連れするのか?」という新たな課題が浮き彫りになりました。エレベーターが使えない中、階段で上層階へ避難するための器具も検討しましたが、バッテリーの問題や使い勝手の悪さから断念。最終的に戸田家が選んだのは、「人力」という最も原始的で、しかし最も確実な方法でした。」

防災訓練の様子

宍倉さん:「男性スタッフ4人がかりで、車椅子ごとお客様を担いで階段を上がる、という訓練を始めました。後ろを持つスタッフにはかなりの負荷がかかりますし、正直大変です。
でも、これが一番確実なんです。おんぶ紐のような器具も試しましたが、いざというパニック状態で、普段使わないものを正確に使えるかというと難しい。それならば、人の力で確実に運ぶ方が間違いない、という結論に至りました。」

訓練では、実際にお客様役のスタッフを車椅子に乗せ、9階まで運びます。その過酷な訓練を繰り返すことで、万が一の事態に備えています。

シナリオなき「抜き打ち訓練」の重要性

訓練を重ねる中で、寺田専務と宍倉業務支配人は新たな課題意識を持つようになります。それは、「訓練の形骸化」です。

寺田専務:「『何階の客室で火災が発生』といったシナリオを事前に伝えてしまうと、スタッフは頭の中で動きをシミュレーションできてしまう。それでは、本当の意味での『想定外』に対応する訓練にはなりません。そこで、次回からは完全にランダム、どこで何が起こるか分からない『抜き打ち』でやろうと話しています。」

いつ、どこで、何が起こるか分からない。その緊張感の中で、スタッフ一人ひとりが自ら考え、判断し、行動する。それこそが、本当の災害時に求められる力だと戸田家は考えています。

宍倉さん:「抜き打ちでやるのが一番いいんです。本当は日程も伝えずにやりたいくらい。シナリオを作っても、その通りに動く人もいれば、全く違う動きをする人もいる。それなら、シナリオなしで、スタッフの素の動きを見て、課題を洗い出す方がよほど意味があります。失敗を恐れていては、次に進めませんから。」

1000名以上を収容できる大規模な施設だからこそ、訓練の難易度は格段に上がります。しかし、戸田家は「失敗は成功のもと」と捉え、あえて困難な課題に挑戦し続けています。

設備・備蓄で特に重視していること

防災訓練の様子

– 設備面や備蓄で工夫されていることはありますか?

寺田専務:「能登半島地震の被災地視察に行った際、現地で一番困ったと聞いたのが『トイレ』でした。食事や水はなんとかなっても、トイレが使えないのは衛生的にも精神的にも大きなストレスになります。そのため、簡易トイレの備蓄や、汚物を固める凝固剤の確保には特に力を入れています。

また、館内の非常放送設備を全面的に刷新しました。費用は決して安くありませんでしたが、お客様の安全には代えられません。訓練中に『あれ?この部屋、放送が鳴らないぞ』といった不具合が見つかることがあるんです。定期的なメンテナンスと更新の重要性を痛感しますね。

さらに、災害時の従業員の安否確認には、セコムの安否確認システムを導入。LINEとも連携できるこのシステムで、迅速な状況把握を目指します。また、通信インフラが途絶した場合に備え、免許が必要な高性能の無線機を導入し、本館、社長宅、社員寮を結ぶ独自の連絡網を構築しています。」

防災訓練の様子

宍倉さん:「通信手段も重要です。災害時は携帯電話やインカムが繋がりにくくなることが多いですが、当館のPHSは非常用発電機と連動しており、停電時でも通話が可能です。アナログに見えて、実はこれが一番頼りになるライフラインなんです。」

外国人スタッフの存在が、防災の力になる

鳥羽市外国人リーダー育成研修の様子

そして、戸田家の防災対策におけるもう一つの強みが、「多様性」です。

寺田専務:「現在、当館では10カ国以上、約50名の外国人スタッフが活躍しています。これは、インバウンドのお客様への対応力強化という側面はもちろんですが、防災においても非常に大きな力となります。災害時、パニック状態で翻訳アプリを開く余裕はないかもしれません。そんな時、母国語で直接コミュニケーションが取れるスタッフがいることは、外国人のお客様にとって何よりの安心につながるはずです。」

かつては多言語対応のメガホンを試したこともあったそうですが、ネイティブの言葉には敵わなかった、と宍倉さんは言います。最終的に頼りになるのは、やはり「人」。デジタルとアナログ、そして多様な人材。それらを融合させた重層的な対策が、戸田家の防災を支えています。

地域と共に生きる鳥羽ならではの防災とSDGs

防災訓練の様子

– 鳥羽という地域特性上、意識されているリスクはありますか?

寺田専務:「鳥羽は海に近いだけでなく、災害時に交通網が寸断され『陸の孤島』になりやすい場所です。近鉄電車が止まると、多くのお客様が帰宅困難になります。そうした際、どうやってお客様を安全な場所(伊勢方面など)へ送り届けるか。また、夜間などスタッフが少ない時間帯にどう対応するか。近隣の寮に住むスタッフと連携できる体制づくりなど、常に課題意識を持って取り組んでいます。」

宍倉さん:「また、当館は鳥羽市の『津波避難ビル』や、障がい者施設の緊急避難先としての協定も結んでいます。地域住民の方や、近隣施設の方々と協力し合うことも、観光地の安全を守る上では欠かせません。」

観光地・鳥羽の安全を守る。そのために、戸田家は地域の一員としての役割を真摯に受け止めています。耐震改修工事を終え、今では地域の災害時避難場所にも指定されている戸田家。その存在は、宿泊客だけでなく、地域住民にとっても心強い灯台のような存在となっています。

– 最後に、防災以外で力を入れている「SDGs」の取り組みについて教えてください。

宍倉さん:「長年取り組んでいるのが、生ゴミの堆肥化です。食品残渣を分別・処理して肥料にし、それを京都の茶畑で使ってもらっています。そこで育ったお茶が、また製品として戻ってくるという循環を作っています。

また、最近では『雑がみ』のリサイクルにも力を入れています。伊勢市などと連携し、トイレットペーパーを再生するプロジェクトを進めています。お菓子の箱やトイレットペーパーの芯など、細かい紙ゴミも分別すれば立派な資源になりますから。」

寺田専務:「防災もSDGsも、一過性のものではなく『継続』が大切です。お客様に安心して楽しんでいただくため、そしてこの美しい鳥羽の自然と地域を守っていくために、これからも地道な取り組みを続けていきたいですね。」

旅先に「安心」という選択肢を

インタビューの最後に、寺田専務はこう語ってくれました。

寺田専務:「DXを推進する立場ではありますが、災害時においては、最終的にマンパワーが重要になると痛感しています。電気が止まれば、多くのデジタルツールは使えなくなってしまう。だからこそ、日頃からの訓練と、人と人との繋がりが大切なんです。私たちが目指すのは、お客様に最高の思い出を作っていただくと同時に、『戸田家なら絶対に安全だ』と心から信頼していただける宿であること。これからも、おもてなしと防災の両輪で、皆様をお迎えしたいと思います。」

楽しい思い出をつくるはずの旅が、災害によって脅かされることがあってはなりません。
戸田家の取り組みは、観光地における防災のあり方、そして地域と共に安全を守る宿泊施設の役割を、私たちに示してくれています。

【戸田家】
住所:三重県鳥羽市鳥羽一丁目24番26号
https://www.todaya.co.jp/